戦うべきは、我が心


最近ほんとつくづく思うことは、

心ってのはも〜自分勝手にあーでもない、こーでもないって
望んでもないこと勝手に動いておもっちゃうのよね。

もーーー振り回されるのはごめんです!
心についちいちつき合ってると疲れるよ!

とりあえず。。

ok、この外界の出来事に反応しているのはこいつ、不埒な心であって
私じゃ、ない、としっかり認知する。
心に手綱をひく。

以下、シバナンダヨガの偉大な大師、サッチダナンダジの解釈
パタンジャリのヨーガスートラより抜粋

ヨーガ哲学で、外界の変化にはこだわらないのはこのためです。サンスクリットの格言に「人は心なり。束縛あるいは解脱は汝自身の心中にあり」というのがあります。もし私が束縛されていると感じれば、私は束縛されている。しかし、解放されていると感じるならば、私は解放されているのです。外で起こるいろいろな事象は私を束縛も解放もしない、それは、私がそれらに対する態度一つにかかっているのです。

これを知っておくと、本当に助けになる。
怒り、妬み、不安など、あまりいごごちの良くない感情で自分が占領されそうになったとき
これを思い出す、私自身が作ってる世界だと。

そしてさらに、こういったいごこち悪い感情にフォーカスしてると
それらは増幅する。
どんな感情も思考も私なしには存在できない。
わたしなしにはパワーもない。
もし思考に実際のパワーがあるとしたら、私だけにでなく他の人にも影響を
与えるはずだ。でも実際、不安や妬みなどの感情は個人的なもので
それは他人様にはまったく影響がない

ということは、それらの感情・思考に力を与えてるのは他でもない、このわたしだということ。

心に手綱を引く方法は、たくさんある。
それがヨーガであったり、瞑想であったり、フラワーエッセンスだったり。

心は別に敵ではない。
こころは、私の人生にたくさんの色を落としてくれる、素敵な存在でもある
ただ、しつけされていない子供のようなやつなのです。
時々、はっと気づくと暴走してる。

以下、マチウ・リカール著 幸福の探求 より抜粋

心の制御は外界の何物にもよることのない、うちなる幸福を実現します。
満足と不満、静寂と興奮、熱意と無気力の間を永遠に揺らめく振り子の状態に甘んじ、衝動や自分が本来持っている心の思いの癖を野放しにておくことは、「自分らしく生きる」ことではありません。
幸福(心の平安)とは、技術であり、人の本来の在り様でもあります。技術は訓練しななければ身に付かない。
昔のペルシャの諺で「忍耐には桑の葉を繻子に変える力がある」(桑の葉で蚕を飼い、繭から生糸が作られ、それを加工して絹の繻子ができるまでの作業には、たゆまぬ努力と忍耐力が必要であることの譬え) 心の訓練もこれと同じことです。



日々、訓練です。
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by yellowtara | 2010-07-26 15:31 | 思ったこと